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札幌高等裁判所 平成3年(う)57号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

第一  控訴趣意及び答弁

本件控訴の趣意は、弁護人村岡啓一、同江本秀春が連名で提出した控訴趣意書(弁護人岡村啓一が提出した「控訴趣意書の補正」と題する書面及び意見書による訂正・補充を含む。)及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官山岡靖典が提出した答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  控訴趣意第二及び意見書第二(理由不備の主張)について

1  論旨は、要するに、原判示の操業海域と国内法の場所的適用範囲に関する原判決の判示には、理由不備の違法(刑訴法三七八条四号の事由)がある旨主張する。

すなわち、原判決は、原判示の本件かにかご漁業が、「我が国の法人であるウタリ共同株式会社の業務に関して営まれた」と認定した上で、「我が国の漁業を営む者に対して、本件操業海域が漁業調整の見地から北海道海面漁業調整規則五条の無許可漁業の禁止の効力が及ぶ範囲に含まれるものと解するのが相当である」と判示して、被告人に対し平成二年北海道規則第一三号「北海道海面漁業調整規則の一部を改正する規則」による改正前の北海道海面漁業調整規則(以下「調整規則」という。)五条一五号を適用しているが、本件かにかご漁業は、一部色丹島周辺のソヴィエト社会主義共和国連邦(なお、原判決後、同連邦が解体したことは公知の事実であるが、以下の論旨に対する判断等では、当時の名称に従い「ソ連」と略称する。)主張一二海里の領海内において、残り全部が色丹島周辺のソ連主張二〇〇海里の経済水域内において実施したものであるから(以下、上記一連の操業海域を「本件操業海域」という。)、何故にソ連が主権を行使している本件操業海域に我が国の漁業規制が及ぶのか、本件に即していえば、何故に北海道知事の許可が必要とされるかについて、法的な根拠を示さない限り、有罪には導けないところ、原判決は、冒頭に引用した結論を判示するだけで、右結論を導く法的根拠を全く示していない。また、弁護人らが原審で主張した、本件にいわゆる「第二の北島丸事件」の最高裁判決(最高裁第一小法廷昭和四六年四月二二日判決)の判旨を適用することができない旨の主張に対し、原判決は、何ら応答せず、かつ、判決理由中に右最高裁判決の引用すらしていないことからすると、原判決は、「固有の領土」論に依拠して調整規則の北方領土海域への当然適用を判示したのではないかとも考えられるが、その旨の記載も欠いているため、結局、いずれによったとも決定することができず、法令の解釈適用に複数の可能性を残しているところ、弁護人らが主張した右の場所的適用範囲の問題は、刑訴法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」に該当するから、原判決は、この主張に対する判断を遺漏したものといわざるを得ない。以上の点で、原判決には理由不備の違法がある、というのである。

2  しかしながら、所論の調整規則五条一五号(無許可によるかにかご漁業の禁止)の効力が及ぶ場所的適用範囲の問題は、その主張内容に徴すると、結局、構成要件該当性の問題に帰着すると認められるから、刑訴法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張に該当しないというべきである。補足すると、刑訴法三三五条一項にいう有罪判決の理由としての「法令の適用」は、裁判所が認定した事実に対する刑罰的評価を示し、かつ、宣告刑が正当に導かれたことを保障するためのものであるから、それらが一義的に明らかになる程度の摘示があれば足りる。この意味で、原判決の法令の適用が法の要請を充足していることは明らかである。そして、右以上に調整規則五条一五号が本件操業海域に適用されると判断した理由ないし根拠を示すかどうかは、原裁判所の裁量に属する。のみならず、原判決は、所論も認めているとおり、「我が国の漁業を営む者に対して、本件操業海域が漁業調整の見地から調整規則五条の無許可漁業の禁止の効力が及ぶ範囲に含まれる」旨判示して、ごく簡潔にではあるが本件操業海域に調整規則五条一五号が適用される理由を挙げて、この点に関する弁護人らの主張を排斥していることも、判文上明らかである。

以上によると、所論は理由不備をいうが、その実質は原判決の法令適用の誤りを主張するに帰着するものと考えられる。それゆえ、原判決に理由不備の違法は認められず、論旨は理由がない。(なお、原判決に法令適用の誤りがないことは、後記するとおりである。)

二  控訴趣意第一(操業主体に関する事実誤認の主張)について

1  論旨は、要するに、以下の間接事実(所論主張の中間命題に関する結論)に照らすと、本件かにかご漁業の操業主体は、ソ連の法人である日ソ合弁企業アニワ(以下「アニワ」という。)であって、ウタリ共同株式会社(以下「ウタリ共同」という。)でないことが明らかであるから、原判決が右操業主体をウタリ共同と認定したのは事実誤認である旨主張する。

すなわち、

(一) 一九八九年一〇月四日付け契約書(以下「本件契約書」という。)は、合弁事業の一環としてアニワが実施した本件かにかご漁業につき、ウタリ共同がどのように参加するかを定めたアニワとウタリ共同との間の契約書であるから、共同事業ではなく合弁事業としての契約、すなわち、アニワ内部の業務分担を定めた取決めである。

(二) 第二新博丸は、平成元年一〇月四日以降、ウタリ共同からアニワに乗組員の労務供給契約付で実質的に傭船されたものであり、漁獲操業の指揮命令権はアニワを代表するメンコフスキーの指令を受けたラケーエフにあったから、本件操業は、本件契約書上のアニワの義務の履行である。この点に関し、原判決が、「ウタリ共同とアニワとの間で、船長O及び乗組員らの労務供給約款付で第二新博丸をアニワに傭船させる旨の契約は成立していない」と結論付けているのは誤認である。

(三) 一九八九年一〇月四日付け許可証(以下「本件許可証」という。)は、アニワに対して交付されたものである。

(四) 本件操業の利益と危険負担はアニワに帰属していた。

以上の間接事実を、「外国の法人等に用船された本邦籍船舶及び当該船舶により採捕された水産物の取扱いについて」と題する昭和五四年一二月二四日大蔵省関税局第一四〇一号通達の基準、すなわち、外国法人への用船という外観にもかかわらず日本船籍の船舶とみなすための実体的判断基準である、①当該船舶による操業(船舶の管理、運行を含む。)の実質的責任者は誰か、②当該操業に関する経済的リスクの実質的負担者は誰か、という二つの基準(記録三〇三〇丁参照)に照らして、本件かにかご漁業の操業主体を判断すると、それは疑問の余地なくアニワであるから、原判決の操業主体に関する前記認定は事実を誤認したものである、というのである。

2 まず、所論の操業主体の判断基準について検討すると、これは、結局、その者が調整規則五条にいう「漁業を営む者」に当たるか否かという構成要件該当性の問題に帰着するから、右「漁業を営む者」の意義を明らかにし、これによって判断すべきものと考えられる。

ところで、調整規則は、「漁業を営む者」の意義について定義していないが、その上位の規範である漁業法は、いずれも同法律における定義として、「『漁業』とは、水産動植物の採捕又は養殖の事業をいう」(二条一項)と、また、「『漁業者』とは、漁業を営む者をいい、『漁業従事者』とは、漁業者のために水産動植物の採捕又は養殖に従事する者をいう」(二条二項)と各定義し、かつ、漁業者と漁業従事者とを区別しているところ、調整規則の関連する規定を検討しても、漁業法の右各定義と別異に解するのを相当とするような理由も認められない(なお、「漁業」について、漁業法が単に「事業」と定義しているため、当然には営利性を要件とするものでないとしても、「漁業者」について「漁業を営む者」としているのであるから、結局、同法にいう事業としての漁業は、継続性のほか営利性を備えたものとなる。)。そして、調整規則は、「漁業法六五条一項及び水産資源保護法四条一項の規定に基づき、並びにこれらの法律を実施するため」制定したものであり(前文)、「漁業法八四条一項に規定する海面における水産資源の保護培養及びその維持を期し、並びに漁業取締りその他漁業調整を図り、漁業秩序の確立を期することを目的とする」ものであり(一条)、また、漁業法及び水産資源保護法の各目的は、それぞれその一条が規定するとおりであり、これをうけて漁業法六五条一項及び水産資源保護法四条一項が、知事において、単に物理的な採捕又は養殖に関する規制にとどまらず、広く営業に関する水産動植物若しくはその製品の販売・所持に関する規制をも規則で定めうる旨規定していること等を加えて考察すると、調整規則五条は、水産資源の保護培養・維持、漁業調整等の目的を達成するため、同条各号所定の事業(営業)としての漁業を対象としているものとみられ、したがって、同条の許可ないし規制を受くべき者も、右営業としての漁業を経営する者(法人を含む。)を予定していると考えられる。すなわち、同条にいう「漁業を営む者」は、自己の名をもって営業としての漁業を経営する者でなければならず、たとえ操業に必要な漁獲割当枠の提供ないし操業許可証の交付等に関与したとしても、当該漁業(営業)の経営に参画しない者はこれに当たらないというべきである。補足すると、右にいう「自己の名をもって」というのは、その者が漁業(営業)の主体となって営業上生ずる権利義務を引き受けることであるから、この営業主体の判断に当たっては、単に物理的な採捕又は養殖のみではなく、漁具、漁船等の準備・調達、それらによる採捕又は養殖、その漁獲物の販売等の一連の行為(営業)を対象とし、これらから生ずる権利義務の帰属関係やその経営参画の状況(何人が経営意思の決定をしているか等)を検討することが必要であり、本件も、このような見地から判断すべきものと考えられる。以上の判断基準は、所論主張の前記の二つの判断基準と相当程度重なり合うが、必ずしも同一ではない。

3  そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べた関係各証拠によると、原判示のOらがした第二新博丸による本件かにかご漁(なお、この外形的な事実は、関係各証拠に照らし明らかであり、所論も争っていない。)の営業主体はウタリ共同であって、これがウタリ共同の業務に関し行われたものであることは認めるに十分である。以下に順次項を改めて説明する。

4  まず、原審で取り調べた関係各証拠によると、本件の概要(なお、所論主張の間接事実等については、便宜その認定の箇所で、これに対する当裁判所の評価・判断等を付加することがある。)は、以下(一)ないし(六)のとおりである。

(一)  ウタリ共同及びアニワの各設立の経緯等

被告人は、肩書住居の北海道標津郡標津町で、ウタリ漁業生産組合(さけの定置網漁業等)の組合長をし、また、アイヌ民族とソ連少数民族との文化交流活動等にも携わっていたものであるが、昭和六三年四月、文化交流団の一員としてソ連サハリン州ユジノサハリンスク(豊原)を訪問した際、サハリン漁業生産公団の関係者から経済交流を行う意向があるかを打診された。そこで被告人は、右帰国後、日ソの共同事業として「ドナルドソン」というサケ科ニジマス属の魚の養殖を行うことを計画し、その準備の一環として、同年七月八日、資本金を一〇〇〇万円、事業目的を漁業・水産物の輸出入、さけ・ますの孵化及び養殖等とする我が国の法人であるウタリ共同を設立し、被告人がその代表取締役に、原審分離前の相被告人Kが監査役に各就任した。なお、右Kは、東京に本店を置き広告代理業等を営む株式会社ライブメディア(以下「ライブメディア」という。)の取締役兼釧路営業所責任者であって、被告人とは以前から交際があった。

被告人は、その後何度か訪ソして、「ドナルドソン」養殖事業の具体化に努めたが、Kとともに訪ソ中の平成元年六月二一日モスクワにおいて、ウタリ共同とサハリン漁業生産公団、サハリン漁業資源保護・再生産・規制局(以下「サハリン漁業規制局」という。)及びサハリン太平洋漁業海洋学研究所(以下「サハリン・チンロ」という。)との間で、ソ連の法令に基づく法人で、日ソ合弁企業であるアニワを設立する旨の日ソ合弁会社設立契約を締結した。アニワは、サハリンにおける「ドナルドソン」の人工養殖及びその成魚の加工並びにその国(ソ連)内及び外国市場での販売を事業目的とし、その本社はユジノサハリンスクにおくとするものであって、同月二六日、ソ連財務省に所定の登記をして、ソ連法人としての権利を取得した。なお、右設立契約上、アニワの認可支払資本額は一〇〇万ルーブルであって、ウタリ共同がそのうち五〇万ルーブルを出資するものと定められていた。

(二)  被告人らによるかにかご漁の準備状況等

被告人は、このように、「ドナルドソン」の養殖事業を具体化するため更に努力を続けていたが、前記の訪ソ中、ソ連側関係者との話合いの過程で、特にアニワの責任者であったメンコフスキーらから、日本漁船でソ連の経済水域でかに等を採捕し、これを輸入の形式をとって日本に搬入して販売し、これによる利益でウタリ共同の資金を作り、アニワに対するウタリ共同の前記の出資義務の履行に充てるなどすればよい旨の話があった。被告人は、このようなメンコフスキーの意向を受け、Kとも相談して、当初はかれい漁を実施しようと計画したが、後に漁獲の対象をかにに変更し、そのための準備にとりかかった。

まず、被告人及びKは、かに漁に使用する漁船を購入することを計画したところ、Kが、ライブメディアの代表取締役Nに依頼し、これをうけて同社が、平成元年八月二八日動力漁船第八丸中丸・一二一トン・二二を購入し(消費税を含む購入代金一六四八万円と仲介手数料は、ライブメディアが支払い、船名も、Nにちなんで第二新博丸と変更した。)、同年九月、同社からウタリ共同に対し、賃料月額二〇〇万円で賃貸され、以後、同船はウタリ共同が傭船する船舶になった。そして、同船は、被告人がその船長として雇ったOらにより稚内港に回航され、そこでKの指示により、かにかご漁に必要なラインホーラー(かにかご巻揚げ用のドラム)、ベルトコンベアやかに選別台の取付け等を含む艤装が施されたが、この艤装の費用も、ライブメディアにより支払われた。右のほか、被告人、K及びOは、かにかご、ロープ等の各種漁具なども購入したが、この漁具の購入等は、主としてK及びOが担当した。

この間、被告人は、かにかご漁に必要な第二新博丸の乗組員を確保すべく、ウタリ共同の従業員として、同年八月ころ前記のとおりOを船長として雇用したのを始め、その後も、自ら又はOを通じて、Eら一一名を次々に雇用した。こうして、Oら乗組員は、ウタリ共同に雇用されたものであるが、同人らも、第二新博丸の艤装の状況を見る等して、同船によりかにかご漁をすることを了知した。

また、被告人及びKは、採捕したかにはソ連からの輸入品の形式をとって日本国内に搬入することを計画し(なお、同年一〇月一六日、第二新博丸の「漁業種類及び用途」を「漁獲物運搬船」に変更した。)、その際の輸入手続については釧路市の北海運輸株式会社に依頼したが、同社の担当者に対しては、ソ連の港で船積みしたかにをウタリ共同が輸入するものである旨の説明をし、第二新博丸でかにかご漁を行う計画であることを明かさなかった。

(三)  本件契約書の作成及び本件許可証交付の状況等

そうこうするうち、被告人らは、ソ連側関係者から訪ソの要請を受けて、平成元年一〇月一日、第二新博丸で訪ソしてサハリン州ホルムスク(真岡)に入港した。そして、被告人及びKが、同月二日、上陸して出迎えのメンコフスキー、通訳のグーとともにユジノサハリンスクに赴いた。同月四日、サハリン漁業生産公団で会議が開かれ、メンコフスキーがアニワの理事長に、被告人が副理事長に各選出された。その際、被告人らは、ソ連の経済水域におけるかに漁について更に話し合い、第二新博丸によってかにかご漁を行う際にはソ連人専門家二名を同船させること等についても合意し、結局、アニワとウタリ共同との間で、ソ連経済水域内における各種かにの採捕と加工の共同事業及び日本又は、第三国の市場への製品の販売を行うことを目的とする契約(その具体的な内容は、後記するとおりである。)を締結し、同日付けで本件契約書を作成し、同契約書にアニワを代表してメンコフスキーが、ウタリ共同を代表して被告人が各署名した。

そして、本件契約書(記録三一四六丁以下参照)によると、「契約の対象」として、「アニワとウタリ共同は、ソ連の経済区域において、各種のかにの採捕と加工の共同事業、及び日本又は第三国の市場における製品の販売を行う」(1・1)(以下、この項における括弧内の算用数字は、本件契約書の条項を示す。)こととした上、「契約の目的を遂行するために、ウタリ共同は操業区域に受取りと加工の船を差し向け、アニワは自分の割当制限量(注・漁獲割当量の意)を用いて、生産能力にふさわしい荷積みに必要な量の原料をその船に供給する」(1・2)ものとし、次に「双方の義務」として、アニワは、「操業区域に必要な数の採取船を差し向ける。その意図は、加工船に対する一昼夜ごとの原料のかにの引渡し量が、少なくとも一〇トンになるためである」(2・1・1)とし、また、「ウタリ共同の船に対して、ソ連の経済区域において漁業活動を行うために必要な、すべての書類を提供する」(2・1・2)ものとし、一方、ウタリ共同は、「操業区域内に受取りと加工の船を差し向ける。その船は、各種のかにの製品の加工と輸送のための設備が整ったものである」(2・2・1)とした上、「加工船が十分に稼働するための原料が足りない場合は、自分でかにの漁獲を行う」(2・2・3)ものとし、「加工船上にソ連の専門家二名を受け入れ、彼らに個々の船室・・・防寒の作業服を提供し、さらにアニワの船とアニワの本部事務所との無線連絡を常時確保する」(2・2・4)ものとし、「ソ連の経済区域における漁業規制(ソ連漁業省省令第三三四号、一九八六年六月二四日付)を遵守すべく、ソ連の専門家たちの要求をすべて実行し、また当契約書の付録第二号に記された、採取される原料の品質基準と操業条件とに従う」(2・2・5)ものであること等が定められていた。しかし、本件契約書上では、アニワが採取船を差し向けてかに等を供給するとしていながら、実際にはアニワが独自に採取船を差し向けることは全く予定されておらず、同記載にかかる操業についても、ウタリ共同の派遣する第二新博丸一隻のみが従事し、同船がかにの採捕からこれを日本に輸送するまでのすべての過程を行うこと、したがって、第二新博丸が、同契約書上ウタリ共同の「加工船」でありながら、かに等の「受取り」を行うことは実際に予定されておらず、また、同契約書上ウタリ共同が「加工船が十分に稼働するための原料が足りない場合」にいわば補充的に行うとされていたかにの漁獲が、実際には第二新博丸の本来的な操業形態となること等が、被告人を含む関係者全員によって了解されていた。(なお、以上の事実に加え、本件における操業の実情及び本件許可証の内容等を参酌して考えると、右契約は、アニワとウタリ共同とが、対等の当事者として締結したものであって、その骨子は、アニワが自己の漁獲割当枠をウタリ共同に提供し、これに基づいてウタリ共同がかに採捕の操業全体を行うこと、及びウタリ共同はその漁獲量に応じた漁獲対価をアニワに支払うことにあり、この意味で、事業の分類上は、いわゆる共同事業に属するものと認められる。)

メンコフスキーらは、本件契約書作成の機会に、被告人及びKに対してソ連漁業省発行の本件許可証の写し(〈押収番号略〉参照)を交付した。本件許可証(訳文は、記録三一五三丁以下参照)は、ソ連経済水域内で漁労を行うことをソ連漁業省が許可したことを証するものであって、同許可証には、「漁労の種類」として「採捕、加工と輸送」(なお、Kが北海運輸株式会社に渡した本件許可証の写しは、その「採捕」の部分が抹消されたもの。)、「船の名称」等として「第二新博丸」、「船の型」として「かに漁、えび漁」、「船の国籍と母港」として「日本・東京」、「船主と船主の住所」として「ウタリ共同・北海道、標津、伊茶仁九六」、「船長の名前と住所」として「O・北海道、稚内、緑六―六」などと、また、「漁労の条件」の欄には、一九八九年一〇月五日から同年一二月三一日までの間、北千島操業水域で毛がに一七〇トンを、また、南千島操業水域(ただし、南千島海峡を除く。)で毛がに一八〇トン・花咲がに一六〇トンを含むかに類合計四七〇トンを、いずれもかにかごにより採捕することを許可する旨などが記載されていた。(なお、以上の事実に、本件における操業の実情、更にはソ連側が発給するこの種許可証の形式等を併せ考えると、本件許可証はOを船長とする第二新博丸による操業を許可する趣旨のものと認められる。)

なお、Kは、同日(四日)夜、宿舎のホテルで、前記のグーに本件契約書及び本件許可証写しの内容を日本語に訳してもらい、本件契約書については自らその訳文を書き取った。

(四)  ホルムスクからの帰国時の状況等

翌五日、被告人及びKは、ホルムスクに戻ったが、その際、メンコフスキーから、前記契約に基づいて第二新博丸に乗り組むソ連人専門家として、ラケーエフ(サハリン漁業規制局の監督官)とプシニコフ(サハリン・チンロの研究室長)とを紹介され、右両名とともに第二新博丸に乗船した。

そして同日、第二新博丸は稚内に戻るため、ホルムスクを出港したが、出港後間もなくの同船ブリッジ内で、被告人、K、O、ラケーエフ及びプシニコフは、本件許可証(写し)や海図を前に、第二新博丸がソ連漁業省によりかにかご操業を許可された水域や漁獲量等について話し合い、被告人及びOも、ラケーエフの説明を聞くなどして、右許可の内容を了知するに至った。被告人は、ソ連から予想外に大量のかにの採捕が許可されたと喜び、右海図上の国後島付近海域を指で示しながら、「ここで昔毛がにが一杯採れたんだ。かご一個に四〇キロから五〇キロは入った。ロープ一本入れれば二〇〇個のかごがあるから、八トンから一〇トンは採れた」などと話し、これを聞いたOも、「昔はそんなに採れたのかい」などと応じた。こうして、被告人、K及びOらは、北海道知事の漁業許可を含め漁業関係法規上何らの許可もないのに、ソ連漁業省から前記許可を受けたのを機に、第二新博丸の操業準備が完了し次第、同船を使用して本件操業海域を含むソ連主張の経済水域などでかにかご漁を行うとの意思を具体的に固め、この意思を相互に通じ合った。

第二新博丸は、同月六日稚内港に帰港したが、被告人、K及びOは、その後も、かにかご漁に使うえさ等を手配し、また、搬入するかに類については、保税地域外保管場所として釧路市の塩山水産株式会社(以下「塩山水産」という。)の水槽を使用し右かに類を同社の販売ルートにのせて売却する等の段取りをつけて、かにかご漁業に必要な準備を整えた。

(五)  本件かにかご漁の操業状況等

O及びEら乗組員一一名は、同月(一〇月)一九日、かにかご漁を行うため、第二新博丸にラケーエフ、プシニコフを乗せて、稚内港を出港し、翌二〇日ころから色丹島付近海域でかにかごによるかにの採捕を始め、同年一一月五日ころまでの間(なお、途中帰港したことについては、後記するとおりである。)、同島付近海域で採捕を続けた。そして、同船による一連の本件操業は、色丹島周辺の海域、すなわち、一部がソ連主張の領海内(同島から一二海里以内の海域)で、その余の全部がソ連主張の経済水域内(同島から一二海里を超え二〇〇海里までの海域)で行われた。(なお、本件操業海域に近い通称「三角水域」といわれる国後島、色丹島及び歯舞群島で囲まれた海域は、花咲がに・毛がに等の有数な生息場所の一つとされており、また、花咲がに・毛がにとも、時期、水温の変化等に伴い移動するものであり、北海道沿岸におけるかに漁業の調整という見地からみても、「三角水域」及びその付近でのかに漁の状況如何が、北海道沿岸のそれに重大な影響を及ぼす関係にあったと認められる。すなわち、例えば、花咲がには、八月から九月にかけて、この方面から根室半島周辺の海域に移動してくるとみられており、正規の漁業者らは、この時期ころ、根室半島の太平洋側、その他の海域で花咲がにのかご漁を行っているところ、近時、その水揚げ量が減少しており、これが「三角水域」付近の海域における密漁者の増加と関係があるとみられること等に徴すると、本件操業海域付近は、調整規則の目的とする漁業調整等を必要とする海域に当たると認められる。)

Oは、同年一〇月二七日、第二新博丸を釧路港にいったん入港させて、それまでに採捕した毛がに約91.3キログラム及び花咲がに約96.5キログラムを水揚げしたが、その際、右のかに類はソ連のネヴェレスクから船積みしてきたウタリ共同の輸入品である旨虚偽の内容を申告して輸入手続を行った。なお、被告人は、その少し前ころKから、「Oがかに漁の状況が思わしくないと連絡してきた」旨聞くと、毛がに漁に適した小型のかにかごを使用した方がよいと思い、かねてかにかごの手配を依頼してあった知人に急遽連絡をとって、かにかご約三二〇個を借り受け、同月二八日ころ、釧路港に停泊中の第二新博丸に搬入させた。

次いでOらは、同月二八日釧路港を出港し、翌二九日にかけて、前記の海域でかにかご漁を行ったが、操業中、乗組員のTが指に負傷する事故を起こしたため、同人を急ぎ病院に収容すべく、操業をいったん中止し、同日深夜釧路港に入港した。その際、Oは、右操業により採捕した毛がに約八一キログラム及び花咲がに約305.5キログラムを水揚げして塩山水産に引き渡したが、Kは、同社関係者に対し、これについては輸入申告等を行わず、内緒で販売するよう依頼した。

そして、Oら乗組員(Tを除く)は、同月三〇日、また釧路港を出港して、翌三一日から翌月一日にかけて、前記の海域でかにかご漁を行った後、同月(一一月)二日、同港に帰港し、右操業により採捕した毛がに約471.6キログラム及び花咲がに約1930.9キログラムを水揚げしたが、その際、Oは、右のかに類はネヴェレスクから船積みしてきたウタリ共同の輸入品である旨虚偽の内容を申告して輸入手続を行った。

その後、Oらは、同月三日釧路港を出港して、同月四日から五日にかけて、前記の海域でまたかにかご漁を行ったが、ソ連の取締船が来て、操業を中止して引き上げるよう命令されたため、Kと連絡をとり、同人の「かにが死んでも構わないから稚内に帰港せよ」との指示に従って、同月七日、稚内港に帰港した。そして、Oは、右操業中採捕した毛がに約133.6キログラム及び花咲がに約2819.6キログラムを水揚げしたが、その際にも、右のかに類はネヴェレスクから船積みしてきたウタリ共同の輸入品である旨虚偽の内容を申告して輸入手続を行った。

なお、本件操業中、第二新博丸は、付近の海域で操業中の日本漁船のはえなわを切断するなどの事故を起こしたこともあるが、Oは、右日本漁船との交信に応じないようし、また、日本漁船と出会った際にも、乗組員に対してできるだけ見られないようにするよう指示する等、終始他の日本漁船との連絡・接触を回避する行動をとった。

以上一連の航海を通じ、本件操業に関する具体的決定及び乗組員らに対する指揮・命令等は、Oがこれを行った。すなわち、Oは第二新博丸の船長兼漁労長として、操業の場所、操業の開始・終了等の決定、乗組員らに対する操業の指示等をし(なお、操業場所については、ラケーエフらの助言を受けながら、自らがその決定をした。)、また、船舶電話等によりKと頻繁に連絡をとって航海・操業の状況を同人に報告し、特に重要事項については、同人の指示を仰ぎつつ、その操業に当たった。このほか、Oは、操業した日、操業の位置、海中に設置したかにかごの数、採捕したかにの種類及び量、かにかごを入れ始めた位置と入れ終わった位置の各経度・緯度・水深等を克明に大学ノートに記載して記録した。なお、Oら乗組員の給料はウタリ共同から支払われた。

本件一連の操業を通じ、第二新博丸に乗船していたラケーエフ及びプシニコフは採捕したかにの総重量を計量したり、かに一匹ずつの大きさや重さを測定したり、雌がにを海に戻させたりしたほか、ラケーエフは、Oに対してソ連(主張)の領海内には入らず、経済水域で操業するよう求めたほか、ソ連取締船の臨検を受けた際にはその応対に当たり、また、忙しいときには乗組員らの餌付けの作業を手伝ったり、輸入手続の際には、アニワを代理してインヴォイスに署名したりしたが、両名ともかに漁の漁師ではなく、同人らが本件のかにかご漁に関する決定や指揮命令をすることはなかった。そして、ラケーエフ及びプシニコフ(なお、ラケーエフは片言の日本語を話したが、プシニコフは日本語を全く話さなかった。)が、第二新博丸で行った以上の行為は、単なる操業の手伝いを除けば、いずれも本件契約書(2・2の4及び5、3の3及び5)又は本件許可証の七項末尾(科学調査はサハリン・チンロの研究室長プシニコフの指導のもとに行われる予定である旨の記載)に基づくソ連人専門家の権限ないし役割の範囲内のものであった。

(六)  本件操業による利益の帰属状況等

前記のとおり、第二新博丸が水揚げしたかに類、すなわち、①平成元年一〇月二七日入港の際に水揚げした毛がに約91.3キログラム及び花咲がに約96.5キログラム、②同月二九日入港の際に水揚げした毛がに約八一キログラム及び花咲がに約305.5キログラム、③同年一一月二日入港の際に水揚げした毛がに約471.6キログラム及び花咲がに約1930.9キログラム並びに④同月七日入港(ただし、稚内港)の際に水揚げした毛がに約133.6キログラム及び花咲がに約2819.6キログラムは、いずれも直ちに塩山水産に引き取られて、各水産業者に販売されたが、その販売代金から塩山水産の手数料等を控除したウタリ共同の取得分は、①について五四万五七〇〇円、②について八二万六四九一円、③については四六三万八六七〇円、④については三四四万六四六六円で、その合計は、九四五万七三二七円であった。

そして、本件契約書では、ウタリ共同は、かにの販売によって得られた金の「支払いを円滑かつ簡素に行うため」に、本件契約書の付録第一号により、毛がにについては一トン当たり一五〇万円、花咲がにについては一トン当たり三〇万円の各割合で算定された金額をアニワに送金する旨定められていた(これによると、アニワは、かにの市場価格の状況如何にかかわらず、漁獲量に応じて一定の利益が保障されるが、一方、ウタリ共同は、このような市場価格の変動等によるリスクを負担する関係にあった。)が、本件操業により採捕された毛がにの総重量は約777.5キログラムであり、花咲がにの総重量は約5152.5キログラムであるから、右契約によりウタリ共同がアニワに対して送金義務を負うのは二七一万二〇〇〇円(一五〇万円に0.7775を乗じた金額と三〇万円に5.1525を乗じた金額との合計)であり、これは、本件によってウタリ共同が塩山水産から取得する販売代金合計九四五万七三二七円の約28.7パーセントにとどまるものであった。

なお、Kは、平成元年一一月、ウタリ共同の名義で塩山水産から本件採捕にかかるかにの販売代金の一部として六六〇万円余を受け取ったが、これをライブメディア等に対する自己の借入金(その多くが、Kからウタリ共同に貸し付けられて、本件操業のための資金になっていた。)の返済等に充てた。

(七) 以上(一)ないし(六)のとおり、認定・判断することができる。原審証人O、同Kの各供述、別件(釧路地方裁判所平成元年(わ)第二六六号等事件)公判調書(写し)中、Oの被告人としての供述部分、被告人の原審公判廷における供述及びメンコフスキー作成の「声明」と題する書面(以下「声明文」という。)並びに当審で取り調べた右の別件公判調書(写し)中、被告人の証人としての供述部分及びKの被告人としての供述部分、プシニコフに対する尋問結果をロシア共和国公証人が認証した「証人尋問調書」と題する書面(以下「プシニコフに対する証人尋問調書」という。)等のうち、以上の認定・判断に抵触する部分はいずれも信用することができず、他に以上の認定・判断を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実に更に関係各証拠を加えて考察すると、本件かにかご漁業は、ウタリ共同の代表者である被告人と同監査役であるKとが、ウタリ共同の業務としてこれを行うことを計画し、必要な動力漁船(第二新博丸)、漁具、えさ等を借入れ若しくは購入する等し(ウタリ共同は、これらの使用権限ないし処分権限を取得したが、その反面、これらに対応する賃料や購入代金の各支払義務を負担した。)、かつまた、Oをその船長として雇用し、更に同人の指揮下でかにかご漁に従事する乗組員らを雇用する等してその操業の態勢を整えた上、これらウタリ共同の物的設備や人的組織を使って行ったものであること、Oら乗組員は、いずれもウタリ共同の従業員として、ウタリ共同のため本件かにかご漁に従事したものであり、「漁業従事者」に当たること、そうして、採捕にかかる本件かに類の所有権はウタリ共同が取得しこれを他に売却処分している(反面、ウタリ共同は、アニワに対し漁獲トン数に応じた一定割合の漁獲対価を支払い、かつ、前説示のとおり経済的なリスクを負担する関係にもあった。)こと、なお、アニワがウタリ共同から第二新博丸を傭船した事実はなく、また、採捕にかかるかに類は内国貨物であり、そのかに類の一部にとられた輸入手続は事実を正しく反映したものでなかったこと等が認められる。これらによると、本件かにかご漁業は、ウタリ共同が、その計画に基づき、同社の業務として、その物的設備・人的組織を使って遂行したものであって、ウタリ共同がその事業(営業)主体であったと認めるに十分である。

5  所論にかんがみ、その主張する間接事実等に対する評価・判断等について、関係各証拠に基づき、更に補足して説明する。

(一) 所論は、第二新博丸は、ウタリ共同からアニワに乗組員の労務供給契約付で実質的に傭船されたものであった旨主張するが、所論の傭船の事実がなかったと認められることは、既に説示したとおりである。すなわち、原判決も適切に説示するとおり、右両者間に傭船にかかる契約書等が取り交された事実はなく、また、口頭にせよ傭船料等に関する取決めがなされた形跡もない。もとより、アニワに対する船舶貸渡しの許可申請等傭船に必要な措置が講じられることもなかったと認められる。更に補足すると、本件契約書は、前記のとおり、本件操業に関する両者の権利義務等について詳細な定めをしているのであるから、仮に、所論のような傭船契約が成立していたとすれば、この点について何らの契約書も作成されず、まして傭船料等について何らの取決めもなされなかったというのは、著しく不自然である。そして、第二新博丸における本件操業の状況も、ウタリ共同とアニワとの間で傭船の事実がなかったことを裏付けているというべきである。

(二) 所論は、本件の操業形態は、日ソの合弁企業であるピレンガ合同(日本側からは北洋合同水産株式会社が参加しているさけ・ますの再生産等を目的とする日ソ合弁企業)の操業形態を模倣したもので、ピレンガ合同のずわいがにに関する契約(記録二八〇八丁以下参照)は、定款外とはいえ、傭船方式によるソ連法人の合弁事業の形態をしており、アニワは、この契約に準拠して第二新博丸による本件かにかご漁業を実施したのであるから、本件操業が合弁事業の一環としてアニワによって実施されたことは明らかである旨主張する。

しかし、前説示のとおり、本件でアニワが第二新博丸を傭船した事実はないのであるから、ピレンガ合同の操業形態の如何が本件操業の認定に影響するところはない。付言すると、原審及び当審で取り調べた関係各証拠によると、ピレンガ合同のずわいがに操業に関し、所論指摘の合意書等の形式は別とし、ピレンガ合同が日本漁船を傭船した事実はなく、その実体はいわゆる共同事業の枠内のものと認められ、この点では、本件と異なるところはないが、他面、右操業者である瀬戸漁業株式会社らが、国内調整を遂げた上いずれも我が国農林水産大臣の試験操業許可を受けている点では、本件と異なるというべきである。

(三) 所論は、ラケーエフが本件操業の指揮命令をした旨主張し、メンコフスキー作成の「声明文」(原審係属中に作成したもの。)を援用するが、右声明文は、その内容に徴すると、具体的な事実関係について報告・記述するというよりは、本件に関するメンコフスキーの結論的な見解を一方的に表明するものであって、右主張に沿う部分は経験事実を述べたものとは認められず、また、本件操業の実情等に照らしても、採用することができない。更に補足すると、本件航海・操業におけるラケーエフやプシニコフの立場は、後記のその立場・役割に基づく指示は別とし、本件かにかご漁の操業に関する決定ないし指揮に関与する立場になく(本件操業に関する具体的決定及び乗組員らに対する指揮等はOが行った。)、ラケーエフとプシニコフは、実際にも、同船の操業がソ連の漁業規制等に違反しないようにとの点からの監視、ソ連取締船の臨検時の対応、採捕されたかにの測定等の役割を担当し、本件かにかご漁の操業それ自体について、決定や指揮命令をすることはなかったと認められる。所論の沿う原審証人O及び同Kの各供述などは、その余の関係各証拠等に照らし、信用することができない。

(四) 「プシニコフに対する証人尋問調書」等について

当審で取り調べたプシニコフに対する証人尋問調書及び同人作成の「尋問事項回答」と題する書面の証拠価値について付言する。

当審証人Dの供述によると、被告人の通訳として被告人とともにユジノサハリンスクを訪れたDが、平成四年一月二〇日プシニコフと会い、同人に対して、村岡弁護人作成の平成三年七月四日付け事実取調請求書添付の尋問事項書(ラケーエフに対するもの。)をロシア語に訳して示しこれに回答するよう要請したところ、プシニコフはこれを承諾し、その場で右尋問事項に対する回答文を手書したこと、Dとアニワ側の通訳であるパナチョフとは、これをタイプして、一月二二日、右の「尋問事項回答」と題する書面を作成してプシニコフの確認・署名を得たこと、Dとパナチョフは、更に右回答について正式の確認を受けようと考え、翌二三日、プシニコフとともにユジノサハリンスクの公証人役場に出頭して、公証人の認証を得て「プシニコフに対する証人尋問調書」を作成したことが認められる。そして、右各書面には確かに所論に沿うと解される供述部分がある。

しかしながら、右各書面は、その内容が極めて簡略で、結論を裏付ける具体的な事実の説明が不十分であり、重要な争点を判断する資料としていささか具体性に欠けるといわざるを得ないが、その点はしばらく別としても、右各書面に記載されたプシニコフの供述は、要するに、第二新博丸による本件航海の目的が、専ら科学調査実施のためのものであり、かつまた、第二新博丸でかにの操業(D証人によると、商業ベースによる漁獲の意)を行わなかったという趣旨に解されるが、この供述は、本件操業の実情及びこれにより採捕したかに類の処分状況等、特に、本件操業は、短期間の航海中に花咲がに約5152.5キログラム、毛がに約777.5キログラムもの大量のかに類を採捕し、ウタリ共同において、ソ連からの輸入品という形式をとって日本国内に搬入し、直ちに売却処分している(プシニコフとしても、このような事情は、当然承知していたと推認される。)こと等に照らすと、右各書面のうち所論に沿う部分はいずれも採用することができない。

(五) 本件許可証の交付の相手方について

所論は、本件許可証は、ソ連漁業省からアニワに対して交付された旨主張する。

しかし、本件許可証は、前記したとおり、Oを船長とする第二新博丸による操業を許可する趣旨のもの、すなわち、操業する人及び船を一体としての操業許可と認められるから、強いてこの両者を区別して論ずるのは適当でないが、人的な側面からみれば、この種許可証が実際の操業ないしこれに対する取締りの関係で意味をもつものであることに照らすと、本件許可証は、第二新博丸で実際に操業する船長のOないしはその操業主体としてのウタリ共同に対する性格のものということができる。補足すると、本件許可証は、さきに認定したとおりのものであり、もとより、その形式・内容上、これがアニワに対する許可であることを推測させるような記載もない。そして、本件契約書(2・1・2)、更にはソ連のこの種許可証の形式や本件操業の実情等に照らすと、本件許可証は、さきに説示したとおり、Oを船長とする第二新博丸による操業の許可であり、所論主張のようなアニワに対し交付されたものではないと認められる。そして、この判断は、第二新博丸による本件操業が、アニワの漁獲割当枠を用いてするものであったことを考慮にいれても、左右されない。

(六) 以上のとおり、所論は、いずれも採用することができず、その他所論するところを逐一検討しても、採用に値するものはない。

6  そうすると、本件かにかご漁業は、ウタリ共同が自己の名をもって行ったものであり、その経営に関する意思決定も、同社代表取締役の被告人と同社監査役のKとが、計画・決定したものと認めるに十分である。原判決が本件かにかご漁業の営業主体をウタリ共同と認めたのは正当であって、原判決に所論主張のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第四及び控訴趣意補充(被告人の違法性の認識に関する事実誤認の主張)について

1  論旨は、要するに、原判決がした被告人の違法性の認識に関する認定には事実の誤認がある旨主張する。

すなわち、仮に本件かにかご漁業の操業主体がウタリ共同であるとしても、被告人は、本件契約書と本件許可証に基づき、アニワの事業(定款フォンド形成のための経済行為)の一環として、右操業につき、ソ連二〇〇海里内においてソ連漁業省の許可のもとアニワの責任と権限において実施する限り、北海道知事の許可を得る必要がないと考えていたものであり、そう考えたことに過失はない。換言すると、被告人には操業主体の点で事実の錯誤があり、そのため本件かにかご漁業につき北海道知事の許可を必要とするか否かの行為規範に直面しておらず(仮に、ソ連漁業省の許可を得ている限り、北海道知事の許可を得る必要がないと考えていたとすれば、被告人に違法性の錯誤があったことになる。)、以上のとおり、本件かにかご漁業の無許可操業につき、被告人には違法性の意識ないしその可能性がなかったことが明らかであり、かつ、右違法性の意識を欠いたことにつき、被告人に何らの帰責事由もないから、本件は故意又は責任を阻却し被告人は無罪である、というのである。

2  しかしながら、前記二・4・(五)で認定した諸事情、特に、輸入申告の内容、本件操業時におけるOら乗組員の他船に対する対応の状況等のほか、被告人らは、本件が発覚した当初の段階では、捜査官に対しても、その他の者に対しても、本件操業の事実を極力隠して、虚偽の内容の説明をしていたこと、被告人は、その後の取調べで、検察官に対し、本件操業の事実を認めるとともに、これが日本側の許可を受けないで行う密漁に当たると認識していた旨供述するに至っていること、この供述は、本件操業の経緯や被告人の経歴・立場等にも照らし、その信用性は十分肯認しうるものであること、その他、被告人が、原審公判廷において、当初サハリン沖のソ連経済水域でかれいを採捕することを計画したが、水産庁関係者から許可が出せないと告げられて断念した経緯を含め、ソ連経済水域内における漁獲行為について我が国の漁業法規の適用がある旨の認識を前提とする供述をしていたこと等の諸事情に照らすと、被告人が、本件かにかご漁業の営業主体をウタリ共同と正しく認識し、そして、ウタリ共同が無許可で右漁業を営むことが我が国の漁業法規上許されないことも認識していたと推認するに十分である。被告人の違法性の認識などに欠けるところはない。被告人の原審公判廷における供述等のうち、この認定に抵触する部分は到底信用することができない。

以上のとおり、所論は、いずれもその前提において既に失当であって、採用することができない。原判決に所論主張のような事実誤認は認められず、論旨は理由がない。

四  控訴趣意第三(法令適用の誤りの主張)について

1  論旨は、要するに、原判決が、本件操業海域に調整規則の効力が及ぶと判断して、被告人の原判示所為に調整規則を適用したのは、法令の適用を誤ったものである旨主張する。

すなわち、現在、本件操業海域のうち、色丹島周辺一二海里内はソ連の領海内とされ、また、同島周辺の二〇〇海里内はソ連の経済水域とされており、本件操業海域に対する属地的統治権は、事実上も、「日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定(昭和五九年条約第一一号)」(以下「日ソ地先沖合漁業協定」という。)上も、ソ連側に認められているのであるから、我が国の漁業法規の効力が及ぶ海域ではない。なお、原判決が、いかなる論拠に基づいて、本件操業海域に調整規則五条の効力が及ぶと判断したのかは不明であるが、①いわゆる「第二の北島丸事件」の最高裁判決の判旨を本件に適用したとの理解に立っても、また、②いわゆる「固有の領土」論に依拠して我が国の統治権を承認したとの理解に立っても、そのいずれの場合も、原判決の法令適用は誤りである。すなわち、仮に、本件かにかご漁業の操業主体がウタリ共同であるとしても、本件操業海域が日ソ地先沖合漁業協定に基づいて確定したソ連二〇〇海里内であり、しかも、ソ連漁業省の操業許可に基づいて実施したものである以上、いわゆる「第二の北島丸事件」の最高裁判決の事件と事案を異にし、同判決の考えを適用することはできない。さらに、いわゆる「固有の領土」論に基づいて我が国漁業規制の当然適用を考えたとしても、現実の法的運用面からも、また、日ソ地先沖合漁業協定と国内法との優劣関係からみても、同協定は北方領土海域における排他的管轄権をソ連に認めているのであるから、憲法九八条二項により、条約は国内法に優先し、同協定が確定した日ソの「自国の水域」が各国内法の場所的適用範囲を画することになり、同協定に基づくソ連二〇〇海里内における漁業規制の権限は、ソ連政府の権限ある機関・ソ連漁業省に帰属することになるから、ソ連漁業省の許可は、ソ連二〇〇海里内における日本漁船による操業を正当化する根拠となる。以上のとおりであるから、原判決が、本件操業海域に調整規則を適用したのは、いずれにしても法令の適用を誤っている、というのである。

2  まず、論旨に対する判断に先立ち、本件操業海域に対する我が国の国内法の適用関係等について検討する。

我が国は、その領海について、従来三海里を主張してきたが、昭和五二年法律第三〇号「領海法」を制定して、原則として、我が国の領海を基線からその外側一二海里の線までの海域とする旨を定め(一条)、これを施行するに至ったところ、同附則二条が、「当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡」を「特定海域」として、同法一条の原則によらず三海里による旨を定めていながら、色丹島を含むいわゆる北方四島の海域に関しては、特別の定めをしていないから、我が国は、北方四島を我が国の領土とし、その各周辺一二海里を我が国の領海と定めたものと認められる。これによると、本件操業海域のうち色丹島一二海里内の部分は、我が国の領海に属する(以下「我が国の領海」というときは、領海法が定める我が国の領海を指す。)。また、我が国は、同年法律第三一号「漁業水域に関する暫定措置法」を制定して、原則として、我が国の基線から、いずれの点をとっても我が国の基線上の最も近い点からの距離が二〇〇海里である線までの海域(領海及び政令で定める海域を除く。)を「漁業水域」と定めた上(三条三項)、この漁業水域における漁業及び水産動植物に関する管轄権を有する旨定めて(二条一項・二項)、これを施行するに至ったところ、同法律の適用上も、北方四島について特別の定めをしていないから(「漁業水域に関する暫定措置法施行令」参照)(ただし、同施行令二条は、外国人が漁業水域において行う漁業及び水産動植物の採捕に関しては、漁業法及び水産資源保護法を適用除外の法律としている。)、北方四島周辺の漁業水域もまた北方四島を基点としているものと認められる。これによると、本件操業海域のうち色丹島一二海里を超え二〇〇海里までの部分は、我が国の漁業水域に属する(以下「漁業水域」というときは、漁業水域に関する暫定措置法の定める漁業水域を指す。)。以上によると、本件操業海域は、我が国の領海又は漁業水域として、本来、その取締りの権限を含め行政権限に従って国内法上の漁業規制が及ぶ海域に属することは明らかである。もっとも、外国人に対する漁業規制の関係では、昭和四二年法律第六〇号「外国人漁業の規制に関する法律」は、その二条一項で「この法律において『本邦』とは、本州、北海道、四国、九州及び農林水産省令で定めるその附属の島をいう」と規定した上、外国人が、本邦の水域において漁業又は水産動植物の採捕を行うことを原則として禁止しているところ(三条)、「外国人漁業の規制に関する法律施行規則」一条で、右附属の島について「当分の間、歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島を除いたものとする」と定めて、外国人が北方四島の海域でする漁業については、その対象から除く措置をしているが、この措置は、我が国の統治権が事実上北方四島に及んでいない状況にあること等に由来する措置とうかがわれ、これが直ちに本件操業海域を含む北方四島周辺の海域に対する我が国の主権ないし漁業等に関する管轄権の放棄を意味するものでなく、もとより、これが前説示の領海及び漁業水域の範囲を変更・制限するものでない。なお、本件操業海域が、当時も、ソ連主張の領海ないし経済水域内にあった等の状況はあるが、このような事情が、日本国民に対する我が国漁業法規の適用を妨げるものでないことは、後記するとおりである。

3  そこで、所論及び答弁にかんがみ検討すると、調整規則五条一五号の場所的適用範囲等について、以下のように判断することができる。

すなわち、調整規則制定の趣旨(前文)、同規則の目的(一条)及びその前提をなす漁業法・水産資源保護法の各目的並びに調整規則五条制定の根拠法条及び趣旨等については、さきに説示したとおりである。以上の諸点に、同規則五五条一項一号が右五条違反の行為に対して刑罰をもって臨んでいること等を加えて考察すると、調整規則五条は、同規則一条にいう漁業法八四条一項に規定する海面における水産資源の保護培養・維持、漁業調整等の目的を達成するため、その各号所定の漁業を営むことを一般的に禁止した上、漁業ごと等に北海道知事の許可を受けた者に限り、その禁止を解除する趣旨を定めたものと解することができる。そうして、右規定の趣旨のほか、漁業それ自体が、境界のない海洋の漁獲物等を対象とするものであるため(漁業の特質)、行政権限の及ぶ法的な範囲とは関係なく事実上操業されることが少なからずあって、このような漁業をも含めて規制の対象としない限り、前記の目的を十分に達成することができないのであり、また、調整規則一条にいう「漁業法八四条一項に規定する海面」は、具体的には北海道地先の海面を指すと解されるが、(昭和二五年農林省告示一二九号「漁業法による海区指定」参照)、この北海道地先の海面が、もともと日本海、オホーツク海、北西太平洋等により外国が領有ないし占有する島々、大陸等と連接する部分を含む海域であって(北海道地先海面の特殊性)、日本国民が外国の領海等で漁業を行う場合についても、前記の見地からはこれを規制する必要があること(自国民に対し外国の領海等における特定の行為を禁ずること自体は、何ら当該外国の主権を侵すものでない。)、そうして、調整規則五条一五号が、単に「かにかご漁業(動力漁船を使用するものに限る。)」と規定して、その場所的適用範囲を限定していないこと等を併せ考慮すると、同規則五条一五号は、外国人に対する関係は別とし、日本国民に対する関係では、北海道地先の海面であって、前記の目的を達成するための漁業取締りその他漁業調整等を必要とし、かつ、主務大臣又は北海道知事が取締りを行うことが可能な範囲の海面、すなわち、右範囲の我が国の領海及び漁業水域並びに公海におけるかにかご漁業のほか、これらの海面と連接して一体をなす外国の領海又は経済水域におけるかにかご漁業にも、その適用があると解するのが相当である(最高裁第二小法廷昭和四五年九月三〇日決定及びいわゆる「第二の北島丸事件(二件)」の最高裁第一小法廷昭和四六年四月二二日判決等の各趣旨参照)。この意味で、調整規則五条一五号は、前記の目的を達成するため、日本国民が外国の領海等においてかにかご漁業を営む場合にも、属人的にこれを適用する趣旨を含むものであり、したがって、その罰則規定の同規則五五条一項一号も、これをうけて日本国民がした右違反の行為(国外犯)をも処罰する旨を定めたものと解することができる。それゆえ、日本国民が、我が国の漁業法規上の許可を受けることなく、前説示の外国の領海等においてかにかご漁業を営むときは、それが当該外国の権限ある機関の許可に基づいて行う場合であると、事実上行う場合であるとを問わず、調整規則第五五条一項一号の適用を免れることができないというべきである。

4  所論は、本件操業海域に対する属地的統治権は、事実上も、日ソ地先沖合漁業協定上も、ソ連側に認められているのであるから、右操業海域には我が国の漁業規制法規の効力が及ばない旨主張する。

なるほど、色丹島を含む北方四島に対しては、現在、事実上我が国の統治権が及んでいない等の状況にあるため、本件操業海域について、北海道知事が漁業許可を与える運用をしていないとしても、また、同海域で臨検を行うことができない状況にあるにしても、本件操業海域は、前記のとおり、我が国の法体系上、我が国の領海又は漁業水域と定められた海域内にあって、少なくとも、日本国民に対する関係では、我が国の漁業規制の効力が及ぶ海域に属するから、調整規則五条一五号によって日本国民が同海域でかにかご漁業を営むことは禁止され、これに違反し無許可で操業した者は同規則五五条一項一号による処罰を免れることができないと解すべきである。補足すると、前記の各状況(事実状態)があるからといって、そのゆえをもって我が国の漁業規制の効力が直ちに否定されることにはならない。のみならず、例えば、取締りについては、その海域での臨検を行うことができないとしても、その違反操業者が我が国の領海、領土などに戻った機会等に取締りを実施することは十分可能であって、現にそのような取締りをして規制の効果をあげているのであり、その他、行政取締り法規の性質上、その禁止の範囲と許可可能な範囲とが、常に一致しなければならないものでないこと等を考慮すると、前記の各状況は、日本国民に対する調整規則五条一五号の適用を妨げる事由になるものでない。

また、所論にかんがみ、仮にさきに説示した調整規則五条一五号の日本国民に対する属人的な適用の見地、すなわち、仮に北海道を基線とする我が国の領海と我が国の法支配が事実上及んでいない本件操業海域という見地から(仮に後者を外国の領海ないし経済水域に準ずるものとして)考察してみても、本件操業海域付近は、前記二・4・(五)で認定したとおり、同海域におけるかに漁が北海道沿岸のかにの漁獲量等に重大な影響を及ぼす関係があって、前説示の漁業調整等を必要とする海面にあり、かつ、北海道、特に根室半島先にあって、その地形的な連がりの状況、距離関係等を含む地理的環境に照らすと、北海道を基線とする我が国の領海と連接して一体をなす海域に当たると認めることができる。それゆえ、本件操業海域は、調整規則五条一五号(前説示のとおり国外犯処罰の趣旨を含む。)の効力が日本国民に属人的に及ぶ範囲の海域に当たるということができるから、前記の結論は異ならない。

次に、調整規則と日ソ地先沖合漁業協定ないしソ連側の許可との関係について検討する。

調整規則五条一五号は、さきに説示したとおり、日本国民が外国の領海ないし経済水域で同号所定のかにかご漁業を営むことを属人的に禁止する趣旨を含むものである(北海道地先の漁業調整等を必要とする海面と連接一体の関係があるときは、たとえ、日本国民が他国が主権ないし主権的な権利をもつ海域で無許可漁業をするときにも、属人的に適用されるものである)から、本件操業海域が、仮に所論主張のようなソ連の二〇〇海里水域内にあったとしても、また、本件操業がソ連の権限ある機関の許可に基づくものであったとしても、同協定上、前記規定の適用を排除するような合意等があれば格別、そうでない限り、その適用が排除されることはないというべきである。そこで、所論にかんがみ、日ソ地先沖合漁業協定を検討してみても、同協定上、漁業法規の日本国民に対する右説示の属人的な適用を否定するような合意(これを推測させる合意を含む。)は認められない。そして、本件かにかご漁業は日ソ地先沖合漁業協定の枠外のいわば民間レベルのものであるがこの点は別としても、同協定は、その前文において、「日本国の漁業水域に関する暫定措置法に基づく漁業に関する日本国の管轄権並びにソヴィエト社会主義共和国連邦の経済水域に関するソヴィエト社会主義共和国連邦最高会議幹部会令に基づく生産資源の探査、開発、保存及び管理のためのソヴィエト社会主義共和国連邦の主権的権利」を相互に認め合っていること、一条において、「各締約国政府は、相互利益の原則に立って、自国の関係法令に従い、自国の北西太平洋の沿岸に接続する二〇〇海里水域において他方の国の国民及び漁船が漁獲を行うことを許可する」旨定めて、相互利益の原則をかかげていること、また、七条において、「この協定のいかなる規定も、海洋法の諸問題についても、相互の関係における諸問題についても、いずれの締約国政府の立場又は見解を害するものとみなしてはならない」としていること等に照らすと、むしろ、同協定は、自国民が他方の国の水域で漁業を行う場合にも、その国の関係法令のみならず、必要な自国の関係法規(性質上、外国の領海等における操業についても適用がある規定)による規制にも従うことを当然の前提としているものとうかがわれ、同協定上、少なくとも、我が国漁業法規の属人的な適用を排斥する趣旨は見いだすことができない。

そしてまた、本件操業について、ソ連漁業省からの操業許可があったことは所論のとおりであるが、関係各証拠に照らすと、この許可は、我が国の調整規則五条一五号の許可(禁止の解除)と根拠・趣旨を異にするものと認められるから、このような妥当根拠を異にする外国機関の許可が、前説示の調整規則の属人的な適用を当然に排除するものではなく、もとより、本件の無許可漁業を正当化するものでもない。その他、本件で右無許可漁業を正当化するような事情も見いだし難い。

その他、所論指摘の法的環境の変化(外国人に対する漁業規制の状況等)を検討しても、本件操業海域について、我が国の自国民に対する漁業法規の適用を否定する事由に結び付く事情は認められない。

以上の次第で、所論はいずれも採用することができない。

5  そうすると、原判決が、本件操業海域における原判示のかにかご漁業(Oら従業員が、ウタリ共同の業務に関して行った。)に対し、調整規則五条一五号、五五条一項一号(五七条)を適用したのは正当であって、原判決に所論主張のような法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

五  控訴趣意第五(量刑不当の主張)について

1  論旨は、要するに、被告人を懲役五月・三年間刑執行猶予に処した原裁判の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

2  そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、本件は、前記のとおりの無許可によるかにかご漁業の事案であって、さきに認定した諸事情、とりわけ、本件は、ウタリ共同の業務に関し、その従業員らが敢行した組織的・継続的な犯行であり、その操業規模が大きく、採捕にかかるかにの量も多いこと、被告人は、ウタリ共同の代表者であって、Kとともに右事件で主導的な役割を果したこと、右操業によりウタリ共同に帰属した経済的利益も少なくないこと、その他この種事案が漁業秩序等に及ぼす影響等に照らすと、被告人の刑責は軽視することができない。

そうすると、本体は、ソ連側の操業許可があること、被告人は、古く一回罰金に処せられたことがあるのみで、他に前科がないこと、その他所論の法定刑の上限など、被告人のため酌むべき諸事情を十分考慮しても、被告人を懲役五月に処した上、三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑は、相当として是認することができ、不当に重いとはいえない。この論旨も理由がない。

第三  結論

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木之夫 裁判官田中宏 裁判官木口信之)

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